露天風呂付の離れを有する・・・老舗高級旅館「海臨閣」が見えてきた
重厚な佇まいは、さすがというほかない
何よりも、こんなに大きな平屋作りの建物自体・・・俺は見たこともなかった
「うわっ・・・」
その雰囲気に圧倒されたように、が思わず息を飲んだ
もちろん、それは正直俺も同じだった
「いらっしゃいませ、お待ちいたしておりました」
門を入ってきたタクシーに反応したのか、入口には既に和服の女の人が3人
揃って・・・斜め45度のお辞儀
それでいて堅苦しさを感じさせないのは、やはり、和服だからなのだろう
荷物を預け、玄関先からロビーへ進む
上品な調度品、決してきらびやかではないそれらのものが、この旅館の風格を保っている
「こちらでお待ちくださいませ」と勧められた椅子に腰掛けると、一人の女性が現れた
「いらっしゃいませ、当館女将でございます」
膝を床へつき、ゆっくりと丁寧に頭を下げる
こちらがどうみても『若造』であろうと
その対応にはなんら変わりはないということだろう
「葉月です」
「はい、葉月様、お待ちいたしておりました
当館へは榊原様のご紹介でございますね」
榊原さんは・・・俺の担当のカメラマン
旅行のことが決まってから、あちこち調べて回ったけど
『離れのある温泉旅館』
っての希望が難しくて・・・なかなかどこにしたらいいのかわからなかった
たまたま撮影が終わったときに、榊原さんにそんな話をしたら
『それならいい宿がある』って教えてくれたんだ
「ええ、ここなら間違いない、そういってました」
「ありがとうございます、榊原様には大変御贔屓いただいております
ご期待に添えますよう、精一杯おもてなしさせていただきます
どんなことでもご遠慮なく仰ってくださいませ
それでは、葉月様、お部屋へご案内させていただきます」
女将が顔を少し動かしただけで、さっと担当の仲居が近づいてきた
俺たちは言われるがまま、仲居のあとをついてゆく
「お客様のお部屋は、こちらから少し離れておりますので
いったん外に出ていただきますが、すべて渡どのがございますのでご安心くださいませ」
わたどの・・?
何のことやらさっぱりわからないけれど、ともかく、俺たちが泊まるのは離れで
離れだから・・・・本当に二人きりになれるということだ
「こちらでございます」
仲居が示した先に、決して小さいとは言えない建物があった
そこへ続く飛び石の道、玉砂利が敷き詰められた庭園
仲居が引き戸をあけると、石の土間
何から何までも、本当に和の空間だ
俺が先に入って、襖を開けると・・・
広々とした和室と、縁側
そしてその向こうには青い海が広がっているのが見えた
仲居に促され、俺達は立派な座椅子に腰掛ける
高さ20センチはあろうかという座布団
添えられた肘置き
本当に、普段目にすることのない物ばかりだ
「そちらの左手の扉の向こうがお風呂でございます
内湯と露天と、どちらも温泉でございます
それでは葉月様、こちらのご記入をお願いいたします」
差し出されたのは、宿泊カードだった
今まで何度となくホテルのフロントで記入したことのある宿泊カード
さまざまな情報を記入するのが当たり前だった
けれど、この宿のそのカードは
御住処、御芳名・・・・和紙に筆文字でただそれだけ
多分、住処は住所なのだろう・・・あとは名前だな
しかし・・・・
筆を持つのは何年ぶりだろう・・・
縦書きの和紙を目の前に・・・俺自身が妙に緊張している
この雰囲気に押されているのがわかって、自分が可笑しかった
はというと俺の向かいにちょこんと座って、勧められた茶をすすっていた
きょろきょろと目だけがせわしなく動いている
きっと、あちこち早く「探検」したくて仕方ないのだろう
「お部屋のお風呂以外にも本館には大浴場と露天のお風呂がございます
そちらもどうぞご利用くださいませ
お夕食の準備が整いましたらお部屋に運ばせていただきます
お時間はいかがなさいますか?」
時計を見ると、時間は午後2時を少しまわったところだった
電車の中で駅弁を食べてきた俺は、まだ腹は減っていなかった
「、めしはどうする?」
は、少し唇を尖らせて、首を横に振った
「じゃ・・・少し遅めで」
「それでしたら、午後7時くらいでよろしいでしょうか」
「ええ、それで・・・」
「かしこまりました、それでは7時にお夕食のお支度させていただきます
また、何か御必要なものがございましたら何なりと9番までお電話くださいませ
すぐにお持ちいたします
それではどうぞごゆっくりとお過ごしください」
深々と頭を下げて部屋を出てゆく仲居を見送って、俺たちは顔を見合わせた
「・・・息してもいいぞ」
「ぷっはーー!あーー、本当に息するの忘れちゃった」
「ん、俺も」
「あはは」
俺達は二人ともに緊張していたらしい
それもそのはずだろう
どう考えても・・・まだまだ俺達の年齢では場違いなところという気がする
それでも、せっかくこの宿へきて、離れの部屋へ泊まる機会を得たからには
「、探検するんだろ?」
「うんうん!」
とは、何度も旅行に出かけた
といっても、それほど遠出をしたことはない
ただ、はばたき市でも有数のシティーホテルのエグゼクティブルーム
中華街で中華を食ったときは、港の見えるホテル
市内近郊の温泉のあるホテルなんてのも、泊まったことがある
そうして出かけるたびに、ホテルの部屋の隅々を探検して、あれこれ楽しむのがは大好きだ
ふかふかの座布団から立ち上がったが最初に向かったのは、もちろん、風呂
俺は・・・が風呂へ行く間に、玄関の鍵を閉めた
「うわぁー!珪くん、すごいすごい!きてきて〜」
の叫ぶ声に・・・俺も風呂場へ向かった
檜作りの内湯
そして、すべて木で作られたデッキへでると・・・
真っ青な海が目の前に広がっている
海を見下ろす岬に立つこの旅館ならではの、絶景
周りから隔絶されるように青々と木々が生い茂る
夏の照りつける日差しさえも、心地よく感じるほどに爽やかな風が吹き抜ける
もちろん檜で作られているであろう大き目の浴槽は、二人で入っても十分余裕がある
絶え間なく注がれている新しい湯
本当の贅沢とはこういうものなのだろうか
「いい眺めだよ、珪くん!」
は、デッキの端に置かれたベンチへ腰掛けて海を眺めている
ベンチといっても、縁側を取り外したような、本当に和風のもので
その上に・・・日差しをさえぎる為の、野点傘
俺は、の隣に腰掛けて・・・肩を抱く
「、きてよかったか?」
「うん、すごい旅館でびっくりしちゃったけど」
「けど?」
「珪くんと・・・二人きりになれて、本当に嬉しい」
そういって、は俺の肩にもたれかかってきた
俺は・・・唇を寄せようとの顔を上げさせた・・・
けれど、は「にこ」っと笑うと、俺の腕をすり抜けて立ち上がり
「えっと、次はお部屋の探検!」
そういって部屋へと戻って行った
俺は、の後姿を見ながら・・・「ふっ」と声を出して笑ってしまった
は少し・・・俺をじらせるつもりらしい
まあ、その作戦がどうなるか、これからすぐに答えが出るだろう
部屋へ戻ると、さっきの応接間の後ろ側
襖を開けて・・・呆然としているがいた
「け、珪くん、あの」
「ん・・・」
目の前には・・・既に用意された二つの夜具
もちろん、予約の時点で部屋には布団を用意しておいてくれるように頼んだからだ
「お布団があるんですけど」
「ああ・・・、俺はいつでもどこでも寝たいから」
「って、珪くん、もぉ・・・」
が少し頬を染めるのを俺は見逃さなかった
もちろん、にだって・・・俺のいいたい意味くらい分かっている
寝室の障子は下側が透明なガラス・・・・
移動できる障子を下へずらすと、明るい日差しが遮られ少しばかり薄暗くなった
そして俺は襖を閉め・・・少し離れておかれている布団を寄せて上に寝転ぶ
左腕の下に空間を作り・・・
「・・・おいで」
と言った
next
Dream menu